カリーパンの趣味備忘録

創作のレーゾンデートルをひたすら論証する場所。

自分が思う創作との向き合い方について。(自己紹介)

 皆さんこんにちは!カリーパンと申す者です。

 普段はTwitter(@animekaripan)にて主にアニメ(+α)の感想を簡潔に呟いておりますが、まさかこんな長文を書きたい、と思う日が来ようとは(笑)ブログ開設の動機等も含め、最初の記事は軽く自己紹介となります。拙い文章ではありますが、どうか肩の力を抜いてテキトーに読んでってください。

 アニメを軸に展開していきますが、別趣味もチョロっと入るかもしれません、よしなに。

 

1.アニメの沼にハマったきっかけ

 幼少期から、テレ東系列を始めとした児童向けアニメは人並みに見ておりました。ポケモンドラえもんイナズマイレブンクレヨンしんちゃん…etc。

 決定的にアニメに対する意識が強まったのは、放送当時中学生、友人に勧められて「進撃の巨人」、それも“5話”を目の当たりにした時です。

 

shingeki.tv


 というのも、勧められて「よし、見よう!」と思い立って録画したのがたまたま5話だったんですよ(笑)。視聴した方は分かると思いますが、主人公が○○られたりとかなり衝撃的な回なんですよね。「世の中にはこんなアニメがあるのか…」と、齢十二にしてとにかくいろんな事を痛感させられたものです。

 ともかく当時「進撃の巨人」に親もハマりだし、他に面白い深夜帯のアニメはないものか、と番組表をガチャガチャしていたところ、「これ面白そうじゃない?」と親の勧めで一緒の見始めた、丁度進撃の次クールに放送していた「銀の匙」。この二作から、徐々に深夜アニメの沼にハマっていった次第です。


『銀の匙 Silver Spoon』第1弾トレーラー

2.感想を書き始めたきっかけ

強いて具体的に作品を挙げるならば、「STEINS;GATE」、「ダンガンロンパシリーズ(ゲーム)」が皮切りですね。

 

ダンガンロンパ1・2 Reload - PSVita

ダンガンロンパ1・2 Reload - PSVita

  • 発売日: 2013/10/10
  • メディア: Video Game
 


 中三の頃にこの二作に触れ、「この作品を好きな人と交流したい!」と思い立ち、始めたSNSが「Google+」。主に高校時代は男臭い青春の傍ら、休日に時たまアニメ映画を見ては、Google+に拙い感想を書き連ねておりました。ちなみにこの時期に触れた作品は、「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!大人帝国」や「イヴの時間」、「AKIRA」に「パーフェクトブルー」などが強く印象に残っています。

 しかし2018年末頃に、Google+のサービス終了が決定。さてどうしたものかというところ、SNS内にて「Twitterアカウントを作った」と移動を始める人がチョコチョコ現れ、自分も流れ的にアニメ用Twitterアカウントを作った次第です。

 結局経過の説明みたいになっちゃったけど、要点を抜き出すと、感想クラスタSNSに興味を持ったきっかけは「サブカルチャー好き同士、意見交流したい」ってこと。


3.主観的なアニメ感想(考察)における意識

 ここからが一番喋りたかったこと。

 感想を書く・読む上において、「正解はない」ということを大前提においています。だから自分のスタイルで自由に感想を書きたいし、そういう感想を読みたい。もちろん、誤った解釈や誤字は指摘し合える程度の空気感は必要だと思うけど。

 簡潔に感じたことを述べる人、考察を主軸とする人、批評が主軸の人、絵的な魅力・演出やキャラクターの心情に寄り添った感想を書く人、社会風刺と物語構造の縦軸関係に視点を置く人…etc。様々な着眼点があるからこそ、作品の色んな側面が可視化され、気づけることが増えていく。SNSなどを通した視聴者交流の場は、こと創作を楽しむ上において欠かせない一要素だと考えます。

 日々Twitterのフォロイーさんや目を通したブログ等に触発されて、それが一番のモチベーションになっております。自分の感想は、同じ作品でも各回ごとに全く違うテイストだったり、視点があやふやだったりすることが多いので、一貫した着眼点で感想を書ける方が羨ましかったり。

 

4.好きなアニメ

挙げだすとキリがないので、パッと思いつく作品を何作か列挙(あまり絞れなかった😢)

何作かピックアップして、簡単な雑感をば。

  • 進撃の巨人

     自分にとって、深夜アニメへの切り口を開いた決定的な作品。初見当時の自分には未知と魅力しかない作品だったなと。

     「鳥籠の中(ディストピア)」や、食物連鎖の頂点が塗り替わった世界での捕食関係は、後の作品(約束のネバーランド、東京喰種etc.)に多大な影響を与えたと思う。ここを起点にハードなバトル作風が増えたイメージ。アニメ、漫画史に残る名作ですね。

  • STEINS;GATE


    TVアニメ「STEINS;GATE」プロモーションムービーC79

     この作品も、自分の創作における意識の大半を構築した一作。今までで一番ハマった作品、と聞かれたら今作を挙げますね。
     巧みなストーリーテリングにキャラクター毎の機敏な心情の動き、何より厨二臭さすら感じるビジュアルに感銘を受けたものです。「ノベルゲー」という、自分にとっての新たな切り口を開いてくれたのもこの作品。

  • 彼方のアストラ

     最近の作品からも一つ、ということで。

     ここ最近の中で、一番「次回が楽しみ」かつ「皆さんの感想を読むのが楽しい」作品でした。叙述トリックの効いた、本格的なSF作風にはかなり感動したものです。また、「親元に帰ろうとしない子供たち」「放り出される子供たち」という構図は、どこか社会風刺を彷彿とさせるもので印象的だったのをよく覚えています 。

5.おまけ

 〇好きなゲーム作品

 ストーリー性重視の作品を列挙。

・ニューダンガンロンパ2 ・STEINS;GATE  ・CHAOS;CHILD ・沙耶の唄

Ever17 ・ポケモン不思議のダンジョン 空の探検隊 ・Undertale

 

 〇好きな漫画作品

 荒川弘先生、松井優征先生辺りが好きかも。

銀の匙 ・鋼の錬金術師 ・ぼくらの ・なるたる ・魔人探偵脳噛ネウロ

FAIRY TAIL ・最終兵器彼女 ・少女不十分 ・暗殺教室 ・デスノート

おやすみプンプン ・All You Need Is Kill

 

6.〆

 最後となりましたが、このブログはかなり不定期な更新になると思います。140字以上の思いを伝えたいとき、ネタバレ配慮で感想を書きづらい映画やノベルゲームのこと、適当な企画...etc

 改めてよろしくお願いします。拙い文章になるとは思いますが、どうかご贔屓にしていただければなと。ではまた次回👋

「ホリミヤ」1話&OP演出感想―四角形テリトリー

ホリミヤ」1話アバン。

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髪を横流しする堀の芝居付けの良さに見惚れる間もなくすぐさま次のカットへ、微かなカメラのスライド&キャラクターの瞳を介するカット転換による視線誘導。キャラクターたちの芝居は生活感に溢れて自然でしたが、こうして意識的に演出されたキャラクター毎の感情ベクトルの差異の表現はせわしなく、何かしらの意味合いを感じずにはいられませんでした。

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例えばその後、宮村とすれ違う直前の、こういったカットとか。すれ違うとはまさにベクトルの向きが衝突するという意味合いと同義ですが、町を行きかう人々の方向性の意識づけ、背景のスライドに仮託された物語が動く「予感」。余すことなくカットを切り取りだしたらキリがないのですが、とにかく方向性を際立たせるカットの数々は、とても面白いコンテの切り方だと感じました。

 

そしてここでOP。待ってました、石浜真史。相変わらずの影へのモチーフ性の持たせ方、オサレなスタッフクレジットの置き方、オーバーラップ*1で印象的なカットを小出しにする演出などは、彼のコンテの特色を否応なしに表していました。

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コマ割り構図のような四角形の強調、閉塞感を記号的に表したような箱→窓→…というマッチカット*2演出も秀逸。そしてここでも描かれる方向性、というより逡巡する個々の思案をメタファー的に表したような、「回転」の演出。背景と違うスピードで、回り込むように落ちていく宮村の立体感。ここ以外にも数か所にみられる、手前のセルと背景を逆方向に引く描写。

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必要な情報を含ませつつ作品をシンボル的に示す、やはりオープニングはこうでないと。

 

そして再び本編。相変わらず丁寧な芝居付けで表されていく二人の距離感、その距離感の物差し&本作の特徴ともいえる「普段秘匿している二面性」の共有。まあこれもラブコメの鉄板といってしまえばそこまでなんですが、それを視覚的に表現した石浜真史氏のコンテ切りがとにかくすごい。

例えばそれは、宮村が「堀が仲良くしているクラスの女子を見かけた」旨を堀に報告するシーン。

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窓ガラスに映る虚像に仮託された二面性から「虚像のみ」になるカット背景の白飛び、そしてイマジナリーライン*3の逸脱(左右反転)。窓ガラスによるフレーム内フレーム*4、というより窓ガラス越しに映したカットへの転調が印象的で、繊細な距離感の表れの中で、確実に堀の心情に「動き」が見えた瞬間が切り取られたカット運びに思わず息をのみました。

一連のイマジナリーライン越えの流れでも用いられていたフレーム内フレーム、ここで何となく、OPでひたすら強調されていた「四角形」への意味合いがより強固に根付いてくるわけですが、その後のカットでもやはりしきりにでてくる「四角形」に閉じ込められたような宮村のカット。

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窓枠によるフレーム内フレーム。

自分じゃ釣り合わない、そういった自己肯定の低さから一歩を踏み出せずに籠る。こういった恋愛論もいささか記号的に処理されていくものの、やはりそれだけでは表せ切れない本作ならではの距離感は、気取らない自然体な芝居付けで補完されていく。この塩梅が非常に心地よい。

 

そうして視覚的に宮村のパーソナルスペースを演出したうえでのラスト、堀と宮村の会話シーン、ここの足の芝居がとても良い。

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宮村の足

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堀の足

自己肯定の弱さから後ずさる宮村。そして堀、一歩その場で踏み込むことによる間合いによる緊張もいいのですが、続けざまにカメラのフレーム外、即ち「宮村のテリトリー」へと歩みを進める。ここまで丁寧な芝居付けで視覚的な「自己紹介」を重ねたからこそできる、弱気と強気と対比を表しきった雄弁な演出、個々のパーソナリティを描く上でかなり意味を含ませたカット運び、つられて自然と感情が動かされました。

それとなく複雑化していくであろう人物の相関関係、四角形という平面的な概念から、立体的になっていくであろうことが示唆されたOP。個々の色づいた影は、どの方向へ伸びていくのか。既に多少シュールな展開もありますが、これから彼ら・彼女らがどう物語を紡いでいくのか、見届けたい気持ちにさせてくれた初回・OPでした。話数絵コンテ、石浜さんが積極的に参加してくれることを願う。

*1:前後のカットを重ねながら画面を切り替える手法。

*2:本来なら繋がらない複数のカットを、視覚的、比喩的な類似性によってつなぐこと。

*3:想定線と同義。二人の対話者をつなぐ仮想の線。本記事では、その線を跨ぐ(カメラを180度回転させた角度から撮る)ことについて触れている

*4:画面の中に、更にもう一つのフレーム(仕分け)で囲われていること

2020年秋アニメ―月の演出やレイアウト構成のモチーフ性

あけましておめでとうございます、カリーパンです。今年も何卒よろしくお願い申し上げます。

2020年秋アニメ、コロナ延期明けの影響もあってか、かなりたくさんの作品に触れることができとても楽しいクールでした。本記事では、前クールアニメの演出面を中心に、色々考えを巡らせる場になるかと思います。

 

まずは「トニカクカワイイ」。気恥ずかしさすら感じられる相思相愛な夫婦コメディ。原作の畑健二郎先生の奥さんに対する愛情、何個か用いられているであろう体験談からなるエピソードは、まさにライターの幸福感が感じられ、非常に見ていて心地の良い作品でした。

竹取物語」を彷彿とさせる絶妙なリアリティラインも本作の魅力でしたが、そういった雰囲気を引き出していた存在として、やはり「月」の描写に仮託されたモチーフ性は、無視できない点もあったように思います。例えば1話、事故を起こしたナサ君を引き上げる司のシーン。

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司と月を映したカットは一見ナサ君視点の主観ショットのように思う、というより、主観ショットではあるのですが、どこかぬぐえない、月と人物描写の距離感に対する違和感。本来ナサ君視点ではもっと月が小さく見えるはずなのに、あえて遠くにある被写体を大きく映す、望遠レンズ*1的なレイアウト。アニメーションにおいて、キャラクターが月に手を伸ばすことで、そのキャラクターの到達目標・目的との距離感をフィルム的に表す、という演出は鉄板ですが、今作は視覚的にナサ君と司の間の距離を切り離すことで、どこかリアリティが欠如した、「(司が)掴めそうで掴めない存在」であることを印象付けるシーンに思いました。

しかしそれは決して二者間の断絶を表しているのではなく、元々博識な二人が他者とのダイアローグを通して互いを理解することで、「距離を縮める」作劇である、ということを端的に表していたように感じました。

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だらかこそ1話終盤、こういった月へのPANアップ・PANダウンによるシームレスなカット繋ぎも、やはり「月」を介在させることで伝えたい二人だけの距離感があるんだろうな、という。立ち位置を始めとしたレイアウト構図、二人だけの空間を立体的に照らすライティングの塩梅。コンテの切り方や撮影処理に「トニカク」こだわりを感じた初回でした。だから自然と、ナサ君が追いかける物語から、司をエスコートする物語にシフトしていくような画作りも良かったです。

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左が初回、右が最終話。立ち位置の転換が良い

作画が単調という旨のツイートをよく見かけましたが、むしろこういった拾いやすい線で描かれた、スッキリしたキャラクターデザインの造形は、芝居付けも見通しが良かったし、なにより原作の雰囲気がそのまま踏襲されていて、制作スタッフ様には感謝の言葉もないです。

 

キャラクターデザインといえば、もう一作ピンときたのが「憂国のモリアーティ」。現代の読み手の身に馴染みやすいよう、多少原作「シャーロック・ホームズ」からの脚色は見受けられました。

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機関蒸気、煙草、霧。撮影処理による空気感が◎

しかし、19世紀後半当時の時代考証に基づいた差別描写・階級制度の描き方は素晴らしかったし、産業革命当時の雰囲気をを存分に演出した「淀んだ空気感」の撮影処理もこだわってた。

キャラクターデザインの話に戻りますが、「女性向けのキャラデザ」と言ってしまえばそこまでなんですが、意識して造形されたソリッドな頭身・顔立ちは、やはり作品の魅力を存分に引き出していたと思います。

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例えば1話の、こういったカットとか。前半クールの中でウィリアムが煙草を吸ったシーンはここだけなんですが、背中を映すカットの余白、そこからのこの表情芝居。風による髪のなびきの描写もすごく自然な感じで最高にいいんですが、彼の中では背中の後ろで起こっている犯罪行為こそが日常になってるんだよなっていう。過去編をとばして、敢えてこの回を挿入した意図。彼の人間性を語る上では十分すぎるほど雄弁な挿話でした。

そして第三話、ここでまた印象的な「月」の描写が。

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表情の影が緋色のライティングを帯びていく。

アルバートが一線を越えるシーン、緋色を基調としたフィルムに転換するのも特徴的ですが、前へ歩を進めるアルバートとリンクして照らされる表情へのライティングの浸食。「越えてはいけない何か」を跨いでしまったかのような。そして、またしても手前の被写体と背景の月の距離感に敢えて違和感を持たせる、望遠レンズ的なレイアウト。

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「月」に対する距離の違和感が”直る”。

物語の狂気性・異質さを強調するような画作り、そして物語が次の場面に移ると、通常のレイアウトに”戻る”。読み手を引き付ける物語は起伏の作り方が巧みで、盛り上がるシーンの合間に「余白」(読み手が状況・感情を整理する間)が意識してつくられていることが多いですが、こういった意識的なフィルムの転換からもそういったメリハリの良さが感じられ、より感情移入できた場面でした。

月を映すカメラの遠近感の工夫といえば、配信&劇場アニメ「BURN THE WITCH」も印象的でした。簡単に表裏がひっくり変える世界、「ドラゴン」という異形が中心となって、日常性を堅持する既存社会の崩壊を描く物語でした。戦闘シーンでは特撮的な撮り方を思わせるロングショットなども印象的でしたが、特に「シンデレラ」と称されたドラゴンが君臨するシーン。

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足を食い込ませた際のカメラのブレ、羽で時計を覆い隠すというような巨大感を表す演出も最高にいいのですが、ここでPANアップで映されるシンデレラと「月」の共演は、モチーフ性・虚構性を際立たせる描写としては十分すぎるほどのインパクトある描写。

川野「怪獣映画というか、なるべく望遠でカメラを置いたり、カメラ位置を下げたりして、巨大感を出す定番の表現を入れています。

月刊ニュータイプ11月号のインタビューにて川野達朗監督がこうおっしゃっていましたが、特にそういった視覚的な工夫が見られる場面だったように思います。

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そしてこの後、即座にニニーとのえるの肩越しに捉えた広角レイアウトにカット転換するのも「なるほどな」と唸らされるのですが、ここで一旦「画面の中で一番注目されている被写体」から距離をおき、それ(シンデレラ)と対峙する人間サイドの主観的な視点に戻すことで、「ドラゴンの存在感を強調する→それと対峙している側の緊張感」を連続的に演出することに成功しているカット繋ぎ。考え抜かれた「異形の存在感」の描き方は、思わず声を上げてしまいそうになるほど圧巻でした*2

 

そして最後に、「魔女の旅々」。

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目のハイライト回転。撮影に凝ったアニメ

例えば2話なんかでは、窓から射す月光の逆光により照らされるイレイナ、そして対照的に、芝居ごとに目のハイライトや表情の光量が変化するサヤ。そして曇りが晴れて満ちる月の描写は、まさに二人の関係性を表しているようで非常に叙情的でした。しかしここで注目したいのが、そういった演出が示す意図や意味合いというよりも、本作が「小説原作」であること。例えば上で挙げた「トニカクカワイイ」と「BURN THE WITCH」なんかは一部原作読了済みですが、やはり漫画であるため、先に挙げたモチーフ性を象徴する「月」の描写がある程度画としてなされているからこそ、映像にもアダプテーションしやすいだろうと思う。「魔女の旅々」は原作未読なのが歯がゆいですが、もしそういった「月」の情景描写がある程度地の文で書かれていたとしても、やはりそこは地の文を映像として抽出するアニメスタッフの器量に委ねられるわけですが、こういった「小説→映像化にあたってのレイアウト的な工夫」を想像するのが非常に楽しい作品でした。

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左は2話、右は5話より。

例えばそれは、作品における視覚的な方向性。アバンにてイレイナがほうきで飛んでいる描写から始まる挿話は、決まって上手から下手(右から左)へと飛んでいく。まるでそれが旅路の順方向、「後戻りできない旅」を象徴するかのように。それを裏付けるかのように、第10話「二人の師匠」では、旅路を順方向に飛んでいたフランとシーラが、弟子たちの危機を察知して、旅路を下手から上手へ逆行する(引き返す)描写が印象的でしたが、こういった意識的な方向性に仮託した意図は無視できないと思います。

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そして最終話。これまでの挿話で喜劇や悲劇を交互に描いてきたり、そして最終回では選択の違いによって分岐した様々なイレイナのアイデンティティを描いたりと、とにかく「色んな世界観・イレイナを描きたい」という筆者のエゴが見え隠れしていてとても楽しく鑑賞しておりました。魔女の旅「々」とはそういうことだったのかと。そういった世界観に対する幅の持たせ方が、序盤の「魔女」に対するリアリティラインが掴みづらい要因となっていましたが*3、最終回で多元的な解釈を演出するためのささやかな弊害だったのだろう。そして最終回のラストシーン。

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後戻りのできない旅、選択の重要性を今一度強調するように、再びイレイナが順方向へ飛んでいく描写にとにかく心を動かされたのですが、後悔の念故に逆行していた「粗暴なイレイナ」と和解をしてからこの描写を挟んだ点も、「彼女が彼女であるため」の旅路なんだよなっていう。

 

こういった地の文では表現しきれない視覚的な訴えを目の当たりにすると、改めて「アニメってすごい」と思わされるわけです。この文化を好きになれてよかったとしみじみ思う、今年もたくさん「アニメ」の魅力を体感できる1年でありますように。

 

 

*1:被写体とカメラの距離が離れており、その距離感のままズームして撮影されたカット。こうすることで被写体と背景の物の距離感が平面的になり、キャラクターと物の対比が分かりやすくなる。

*2:特に自分は劇場で見たから、という相乗効果も込みかもしれない

*3:「魔女の旅々」作中において魔女の地位の分かりづらさ・魔法の優位性等

話数単位で選ぶ、2020年TVアニメ10選

新米小僧さんが企画されている伝統ある企画、恐縮ですが初参加させて頂こうと思います。今年から集計がaninadoさんに委託されるそうです。改めてよろしくお願いします。

aninado.com

■「話数単位で選ぶ、2020年TVアニメ10選」ルール
 ・2020年1月1日~12月31日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。
 ・1作品につき上限1話。
 ・順位は付けない。 

 選出基準にこれといった偏りはありません。単純に好きな回の選出・感想となってます。

 

 目次

 

ID:INVADED  FILE:06「CIRCLED」

脚本:舞城王太郎 絵コンテ:久保田雄大 演出:久保田雄大 栗山貴行 作画監督:浅利歩惟 豆塚あす香

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電車窓やガラスを介して視線を交わす井波と数田、意識的な想定線の逸脱、そして何より俯瞰ショットで映される、「目的地」を持たない円環線路を走る列車というモチーフ性。
殺人心理の視覚化という挑戦に真っ向から挑んだ今作でしたが、特に今挿話は、サスペンスとしての緊張、そしてその渦中で紡がれる歪なヒューマンドラマとして描かれる叙情の波が、作劇のスパイスとして極上でした。世界観を引き立ててくださった水曜日のカンパネラさんの挿入歌には感謝の言葉もない。本堂町の転換点としても印象的な回であり、プロットの中間点としての役割付けも◎。

 

 

彼女、お借りします 満足度12「告白と彼女 -コクカノ-」

脚本:広田光毅 絵コンテ:古賀一臣 演出:古賀一臣 作画監督:野本正幸、飯田清貴、加藤 壮、時矢義則、ウクレレ善似郎、高橋敦子、平山寛菜

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1話のダッチアングルとの対照性を意識したキメのタイトルロゴが印象的なカット、そしてダイアローグのシークエンスが歩道橋や踊り場の上で繰り広げられるのも、「関係性の転換点」として意識しやすい良い場面設定。
マッチポンプな恋愛劇の中、確実に初期より進展していた関係性を、徹底的な対照性で描くコンテの切り方にひたすら感心させられた最終回でした。2期も是非同スタッフで制作していただきたい。

 関連記事

karipan.hatenablog.com

 

 

僕のヒーローアカデミア(第四期) 第86話「垂れ流せ!文化祭!」

脚本:黒田洋介 絵コンテ:サトウシンジ 演出:池野昭二 作画監督大塚明子、佐倉みなみ、橋本治奈 総作画監督:小田嶋瞳

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今作でよく用いられる「オリジン」という言葉に込められた、ヒーローになる上での目的意識。そういったキャラクター毎の向上心を熱量と理屈で描きとる今作において、耳郎が被っていた逡巡の殻を突き破る描写、またそれに劣らない歌唱曲や、可愛らしい・カッコイイ芝居がふんだんに詰め込まれたクラスメイトのダンス描写は、とてもエモーショナルでした。ヒーローを志す際のイニシエーションとして「人からの後押し」の描写を最も大事にする今作、耳郎の両親→耳郎→エリという伝播するかのような描き方も◎。

 

 

イエスタデイをうたって 第3話「愛とはなんぞや」

脚本:田中仁 絵コンテ・演出 伊藤良太 作画監督:藤原奈津子 渥美智也 松浦麻衣 山野雅明 菊永千里 菊池政芳 海保仁美 菅原美智代 上野沙弥佳 高山洋輔 総作画監督谷口淳一郎

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信号機や標識に仮託された停滞のモチーフ性、晴と陸生の交差する感情を如実に表したかのような、道路に引かれた白線の数々。そういったレイアウト構成にも感心してしまうのですが、そういった記号的な演出はあくまで「演出」にしか過ぎなくて、停滞と前進を何度も繰り返す今作において、この回が紛れもない晴にとっての転換点として描かれていたことが何よりよかった。
想いの強さ故の反発、どこか保身のために逃げ場を作ってしまう。そんな彼女が自ら逃げ場を潰すかのような自己紹介シーンは、まさしく本作のラストと直結する大切な場面として描かれているように感じました。

 

 

乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった… 第11話「破滅の時が訪れてしまった・・・後編」

脚本:清水恵 絵コンテ・演出 井上圭介 総作画監督大島美和 総作画監督補:井本由紀 佐藤香

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この回までカタリナは、どこか身の回りのキャラクターを「破滅を回避する」ためのピースと捉えていたわけですが、前世の疑似体験を経て、周りのキャラクターたちがかけがえのない存在であること≒今の世界(FORTUNE LOVER)が現実であることに気づく描写が良い。
メタ的な話にはなりますが、今まで愛情をフラグと称したりとゲーム的観念に囚われていたカタリナですが、主体的な選択で帰還することによって「第二の人生」感が強まる。
「ずっと見守ってる」。あっちゃんとは今生の別れではない、だから手が虚空をつかむわけじゃなく、指先が触れ合う芝居がとても良い。

 

 

デカダンス 第2話「sprocket」

脚本:瀬古浩司 絵コンテ:立川譲 演出:三浦慧 総作画監督:栗田新一 作画監督:三島詠子

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2020アニメ、リアルタイムで鑑賞していて一番衝撃を受けた回はと聞かれたら、間違いなく今回。
初回の生気溢れる世界観から一転、叙述トリックで描かれるマッチポンプな世界観に度肝を抜かれました。ソリットクエイク社内のサイボーグはカートゥーン調でポップに描かれており、外で必死に生きるタンカーとの皮肉的な対比も痛烈だった。しかしそういったマイナスな対比だけではなく、サイボーグたちの生の活力といえるオキソンを注入しながら、人間に生を実感した「サイボーグ体の」カブラギに「俺は確かに、救われたんだ。」という台詞を委託する脚本がなかなかに憎い。今作が放送されていたクールの中で一番好きな台詞。

 

 

アクダマドライブ 12「アクダマドライブ」

脚本・絵コンテ・演出:田口智久 作画監督:Cindy H. Yamauchi 立川聖治 稲留和美

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ダンガンロンパ」の小高氏らしいケレン味に仕込ませた真っ直ぐな芯、そしてそれをリッチに脚色してくださった田口監督の手腕が一番表れた回。最後まで仕事をこなさんとする運び屋、外を見たいとあがく兄妹、両者の目的のベクトルの方向性の違い、しかし確固たる意志の強靭さが伺える「真逆に走り出す」レイアウトなどに凄く胸を打たれたのですが、かくして固有名詞による役割付けが決められた世界で、「一般人」という、無色故に「何者にもなれる」アクダマが変えた世界。そういえばダンガンロンパも、冴えない少年が強靭な意志で世界を覆す物語だった。
思えばアクダマも、ダンガンロンパにおいて「真っ直ぐな意志」の意である「コトダマ」のもじりだったのだろう。グローアウト演出*1で先の景色を見せない兄妹の背中は、メタ的ではあるが「最後まで意志を曲げなかったものだけが見れる景色」を示唆していたように思う。
Blu-ray最終巻にはディレクターズカット版が収録されるそうだが、上で挙げた理由から、兄妹のその後は描かないでほしい、というのが本音。

 

 

体操ザムライ #11「体操ザムライ」

脚本:村越繁 絵コンテ:宇田鋼之介 演出:清水久敏 宇田鋼之介 大槻一恵 久保田雄大 下司泰弘 吉村愛 作画監督吉田正幸 浅尾宏成 本多みゆき 藤田亜耶乃 斎藤美香 濱田悠示 青木里枝 戸沢東 柴田志朗 松岡秀明 山門郁夫 桑原幹根 村長由紀 崔ふみひで 岡崎洋美 本田敬一 冨永拓生 野崎真一 大津直 Studio Bus

 

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引き際のサムライの勇姿を描きつつ、今まで丁寧に掘り下げられてきたキャラクターたちが、サムライの姿を見てどこを目指すのか、という「個々の到達目標」を30分尺で描き切ったバケモノ脚本回。
スポーツアニメでおっさんに主人公を委託した意図、典型的なスポ根的熱量ではなく、避けては通れない「バトンタッチ」の過程を描きたかったんだよなっていう。だからこそレオや南野の表情芝居、玲ちゃんの大女優への第一歩、若手選手たちが城太郎から何を取り入れることができるかを考える姿が刺さる。計算された脚本、されど全く不快感を感じない清々しさ。

 

 

オオカミさんは食べられたい 第3話「先生の特別なひとりになりたい」

作画監督:山根あおい 平山友理 眠太 辻司

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やはりお世話になった以上、この作品からは逃げられないよな、という理由から漢のチョイス。もちろんプレミアム版も有料視聴。
僧侶枠とかいう僻地で腐らすには勿体ないキャラクターデザインのよさ、謎に気合の入ったHシーン。これだから僧侶枠ガチャはやめられない、今一度この枠の需要を噛み締め痛感させられた神回。

 

 

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完 第10話「颯爽と、平塚静は前を歩く。」

脚本:大和慶一郎 絵コンテ:大原実 演出:佐々木達也 作画監督:北村友幸 清水直樹 谷川亮介 林信秀 劉云留

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思春期の青春、拗らせまくった関係性。そういったもどかしさや気恥ずかしさが、叙情的な撮影処理や丁寧な手・足先の芝居付けなどへ如実に反映されたフィルム作りがなんとも好きだった今作ですが、中でもこの回は、そういった画作りに対して強い意図を感じた回でした。
心の充足を求めるかのように、廊下に差す儚げな月光の撮影処理。肩越しショットで映される雪ノ下に対して、ガラス越しで映される虚像の八幡、この距離感の演出がたまらんのですわ。どうでもいい言葉で埋め尽くされた距離感、その隙間の正体を教えてくれる平塚先生の描写もほんとにいい。思春期の葛藤を乗り越えてきた人生の先輩だからこそ明示できた「好き」へのロジック、そういった意味合いも込めてであろうサブタイトルの「颯爽と前を歩く」という表現も凄く好きな回。

 

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
選出候補として、映像研には手を出すな!、かくしごと、魔女の旅々辺りは泣く泣く外しましたが、コロナ禍とはいえ今年も素晴らしい作品に溢れていました。製作スタッフの皆様には感謝しかない。
今投稿で今年は投稿納めとする予定です。2020秋アニメ総括はまた年明けに別記事にて行う予定です。今後とも「カリーパンの趣味備忘録」をよろしくお願いします。

*1:光を浴びつつ、白飛びしたように消えていく演出

テレビアニメ OP10選 2020

企画初参加です、よろしくお願いします。

・2020年放送のTVアニメのオープニングより選出。

・順位は付けない 

 

1.「彼女、お借りします」センチメートル

歌:the peggies 絵コンテ・演出:古賀一臣 作画監督:平山寛菜

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本編とリンクするかのようなタイミングで挿入される歌い出し・タイトルロゴがとにかく自分にストライクだったのですが、「これから始まるぞ」というスイッチが入りやすい、まさにオープニングとしての役割を最大限に引き出している演出でした。
ヒロインたちのつぶさな芝居を余さず拾うコンテ構成、カットバックで映される届きそうで届かない場所に懸命に走り続ける和也の描写。本編とリンクするかのような、the peggiesさんの歌唱・歌詞に表れたもどかしさのようなものも相まって、非常に好きなOPでした。

 

2.「呪術廻戦」廻廻奇譚

歌:Eve 絵コンテ・演出:山下清悟 総作画監督平松禎史

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膝まで浸水した虎杖のファーストカットから始まり、俯瞰ショットで環状線が映し出されたのちのタイトルロゴの開示。そしてラストカットも、ファーストカットと同様の構図で締める。ファーストカットからラストカットへの帰結は、何となく「Re:ゼロから始める異世界生活」1期のOP1「Redo」を思い出したのですが、とにかく強調される「循環」のモチーフ性。
山下清悟さんといえば「水」を記号的に用いたコンテ構成が印象的ですが、本OPでも、水が自己を映し出す鏡面だったり、はたまた浸水する描写に仮託された「溺れていく」という恐怖感を引き出される演出の数々。しかしその中でも、キャラクター毎の造形の質感(特に髪)や、サビに散見される動的なカメラワークの数々は、記号的になりすぎないような塩梅を感じられ、こういった点も山下さんの信頼できるコンテの切り方だな、と再確認。

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サビ終盤、物語の伏線をオーバーラップでせわしなくチラ見せする演出は、どことなく石浜真史氏感。こういった演出も、本編への関心が高まるよい画作り。

 

3.「マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝」ごまかし

歌:TrySail 絵コンテ・演出:吉澤翠 作画監督谷口淳一郎

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魔法少女まどか☆マギカ」OP「コネクト」をリスペクト的にオマージュしたかのようなコンテ構成。少女たちの愛らしい仕草をしっかりと拾いながら、雨の描写を中心とした、落下する水滴から連想される不穏な雰囲気の演出。記号的に示された世界を、必死で走るいろはをフォローで捉えるカメラワーク。
勿論TrySailさんの可愛らしくも熱のこもった歌唱も素晴らしかったですが、それ以上に無印まどかの良さを再確認できたOPでした。

 

4.「ひぐらしのなく頃に業」I believe what you said

歌:亜咲花 作詞・作曲:志倉千代丸 絵コンテ:小川優樹 演出:さんぺい聖 総作画監督渡辺明夫 作画監督:岩崎たいすけ

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最近の千代丸氏の楽曲は、英語フレーズの挿入などかなりモダンな仕上がりとなったものが多いですが、寧ろフィルム的なブラッシュアップが行われていた今作において、非常に世界観がマッチしている楽曲だったと思います。
断続的なカット転換で意味深な小道具を映す(バットとか)演出も最高にイカしていましたが、この絵コンテを描いたのが異種族レビュアーズの監督かと思うと、頭が混乱してどうにかなってしまいそう。

 

5.「アクダマドライブ」STEAL!!

歌:SPARK!!SOUND!!SHOW!!  絵コンテ・演出:田口智久 作画監督:Cindy H. Yamauchi

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最大限に引き出された外連味、ネオン等の撮影処理にこだわりきったリッチでサイバーパンクな世界観が描き出されたオープニング。なにより注目したいのが、キャラクター毎の手の芝居付けの良さ。
最初にアクダマ達の手がカット転換で映されるのがたまらなく良くて、最早「手」だけでそれぞれ誰か分かるっていう。小松崎類さんのしっかり人物像を捉えたキャラクターの造形の良さ、そして「それ」を信頼しきった田口さんのコンテ。信頼関係がないと切れない絵コンテだよ、これ。凄い。ラストで一般人が手をひっくり返す芝居付けにも、本作の「簡単にひっくり返ってしまう構造」がよく表れてて最高なのよ。

 

6.「Re:ゼロから始める異世界生活 2nd Season前半クール」Realize

歌:鈴木このみ 絵コンテ・演出:小柳達也 総作画監督坂井久太 作画監督大田和寛

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最早1クールの中で半分聞いたかも怪しい、大変貴重なOP。
とまあ冗談はさておき、1期放送当時もニコニコ動画などで「Redo」のアニメーションの逆再生が流行っていたり、MADの素材として多用されていたを思い出しますが、今回のOPも鈴木このみさんの力強い歌唱と、音ハメのフィット感が最高に心地よい。映像に文字を表示するところとか。
早速年明けから後半クールが始まるわけですが、何回OPが聞けることやら(切実)。

 

7.「デカダンス」Theater of Life

歌:鈴木このみ 作画監督:栗田新一

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「噛めば噛むほど味が出る」OPとはまさにこれのこと。OPの重要な役割である「視聴意欲のスイッチング」をしっかりこなしつつ、作品の大まかな世界観の整理・説明、前回までの展開と照らし合わせた上での新しい発見が必ず見つかるようになっている構成。
歌詞・歌唱では「生の実感」を強調させつつ、映像にテクノ調をふんだんに醸し出すという対比が良い。

 

8.「BNA ビー・エヌ・エー」Ready to

歌:影森みちる(CV:諸星すみれ) 絵コンテ:吉成曜 演出:古川晟 作画監督:竹田直樹 2Dワークス:越阪部ワタル

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恐らく越阪部ワタル*1さんと手腕と思われる記号的なデザインの数々がフィルムのモチーフ性を保ちつつ、手描きで躍動的なキャラクターの芝居がしっかりと拾われたアニメーション。
諸星さんの歌唱力もさることながら、影や独特の色彩センスがにじみ出る辺り、やはりTriggerらしさが感じられて、好きなOP。

 

9.「かくしごと」ちいさな日々

歌:flumpool 絵コンテ・演出:村野佑太 作画監督:山本周平

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動きは少ないように見えるが、かなりフィルムの質感の転換が激しいオープニング。
本編中でも徹底して描かれていた過去パートと未来パートの分断。可久士や幼い姫はコミック調のタッチで描かれているが、成長した姫はシャープな線で輪郭が拾われており、背景美術もよりリアルに。
OP映像という短尺ではこれがひっきりなしに切り替わるものだから、時の流れからくる叙情の破壊力が凄まじい。「回想」が物語の軸となる、今作ならではの特色が存分に活かされた良OP。

 

10.「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」乙女のルートはひとつじゃない!

歌:angela 絵コンテ・演出:井上圭介 総作画監督大島美和 作画監督:澤入祐樹 大槻南雄

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もう開幕のカタリナのゲス顔から笑ってしまうのですが、ここまで主人公の魅力をオープニング映像で表しきれる作品もそうそうないだろう。もちろんカタリナが持ち得ている圧倒的なキャラクターとしての求心力故にできだ芸当ではあるが、ついにやけてしまうようなカットの数々がとにかく見ていて楽しい。
ベートーヴェン交響曲第5番「運命」の有名な旋律「ダダダダーン」を彷彿とさせるパートの音ハメ、からの次々ページを捲っていくかのような軽快なカット運びで映される多彩なキャラクターたちの描写。作品の魅力を存分に詰め込んだ、面白おかしくも素晴らしいOP。

*1:デザイナー。アニメーションだと幾原邦彦監督作品への参加が多い

【アニメ映画】私の2020アニメ10選

ヨーテルさん(@youteru8457)のTwitterハッシュタグ企画に参加させていただきました。

ルール 

・対象:今年の作品(2019秋から継続含む)

・アニメ関連ならどんなジャンルの10選でも可

・順位はつけない

 今回自分は、「アニメ映画」の枠で選出しました。

目次

 

劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] Ⅲ. spring song

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©TYPE-MOONufotable・FSNPC

原作未プレイの身としては、1章と2章を理解しきれず、かなり心にしこりを残したまま臨んだ鑑賞でしたが、はるかに予想を上回ってきました。
そもそもノベルゲームの尺を三本の映画に落とし込むという企画に対して最初はどこか不安もあったのですが、寧ろ今作は、息つく暇もないほど激しく波打つような作劇となっており、「情報の圧縮」がかえってフィルムの良さとして表れていたように感じました。リッチな撮影処理や圧倒的作画力で描かれる戦闘シーンの数々、何より「空の境界 俯瞰風景」にて燈子が示した「贖罪の在り方」のアンサーとして描かれる、桜並木へ歩みだす二人の背中。最大限の余韻を演出したラストに、強く心を打たれました。

 

ジョゼと虎と魚たち

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©2020 Seiko Tanabe/ KADOKAWA/ Josee Project

本作はとにかく、「目線を合わせること」に関して、徹底していた。
視線の高低差からなる価値観・景色の違い。そういった意識的なアイレベル・芝居付けに記号的な演出意図は確かにあったものの、そういった演出だけでは表しきれない作品としての叙情が含まれていたことも確か。
リアル過ぎず、しかしフィルムというフィルターを介して、どこか勇気づけてくれるような台詞・芝居付け・描写の数々の塩梅が程よく、気づけば涙が溢れていました。過去作のブラッシュアップとしては、文句のつけようもない佳作でした。

 

羅小黒戦記

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©Beijing HMCH Anime Co.,Ltd

カンフーアクションを思わせる戦闘シーンの芝居付けだったり、やはり中華的な描写も含まれてはいた。本的にも普遍的なテーマではあったのだが、フィルムの中に思想的意図は全く感じられず、寧ろ「ジャパニーズアニメーション」の感覚で楽しめたのが良かった。
勿論それは日本の誇るキャスト陣による熱演もあったとは思うのですが、特にラストでシャオヘイが未来を選択をする一連のシークエンスなんかは、余白を意識した叙情的な撮り方も、どこか馴染みのある描き方で安心できました。

 

劇場版SHIROBAKO

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©2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会

ミュージカル演出なんかは流石に笑ってしまったのだけど、追いつきたくても追いつけない、けれどずっと眼前に顕現し続けている七福神の描写といい、とにかくフィクションと現実(制作現場)の対比がくっきりした作品だなぁと。フィクションを作る作劇で、その境界を強調するという皮肉。
結局リアルにおいて劇的な変化は簡単に起こらないが、そんなことはお構いなしにページが捲られていく世界の中、奮闘するムサニの制作現場の七転八倒に、面白おかしさを感じたり感動したり、感情起伏のせわしなさが癖になる作品でした。

 

メイドインアビス 深き魂の黎明

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©つくしあきひと竹書房メイドインアビス「深き魂の黎明」製作委員会

際限のない下層へ「潜っていく」作劇の在り方として、高低差をとにかく強調したレイアウト・カメラワークの良さはTVシリーズの頃から釘付けだったわけですが、劇場の大スクリーンを介して鑑賞すると、これまた全く違う迫力で、とにかく冒頭から感心の連続でした。こだわりすぎて年齢制限の負荷まで突き破ってしまった様は、流石に苦笑してしまいましたが(笑)。
かくして下層へ潜るにつれて、よりディープになる個々の探求心。目的のために愛を創作するボンドルド、祝福として彼の体に体現されるプルシュカの「愛」のカタルシスが半端ない。理想ともいえる形で映像化してくださったスタッフの皆様には感謝の言葉もない。

 

魔女見習いをさがして

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©東映東映アニメーション

今作は「おジャ魔女どれみ」未鑑賞で臨んだわけですが、そんな自分でも楽しめるのかといった不安は、冒頭からあっけなく払拭されました。
明らかに意識されたライティング(というより影)の演出は、自己実現の過程において登場人物たちの間にある等身大の悩みの象徴そのもの。魔法の否定を描いたのではなく、あくまでひとつの「フィクションとの向き合い方」を提示した作品だった。子供から大人へのイニシエーションとしてお酒の描写が多かった点もパンチ効いてたなぁ。

 

関連記事
karipan.hatenablog.com

 

クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダム

 

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©臼井儀人双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2020


「オトナ帝国」の原恵一の呪い以降、「クレしん映画」と「クレヨンしんちゃん」はある種別個のコンテンツに近いと捉えていましたが、今作はくしくも「クレヨンしんちゃんらしさ」を残しつつ、従来のクレしん映画的なメッセージ性の込められていた作品だったように感じました。
特に好きだったのがぶりぶりざえもんとの別れのシーンなのですが、ここで不用意にしんちゃんに涙を流させなかったのは、やはり「ブタのヒヅメ」のリスペクトだろう。さすが京極監督、分かってらっしゃる。それはそれとして「宝石の国」2期、いつまでも待ってますよ監督。

 

どうにかなる日々

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©志村貴子太田出版・「どうにかなる日々」製作委員会

百合、BL、おねショタ。オタク世俗的な表現を使えばおそらくこう形容されるであろう、一風変わった恋愛作劇。
しかしここで重要なのは、あくまでフィルムの中に生きるキャラクターたちは、彼らの主観では「あくまで普遍的な生活を送っている」、ということ。だからこそ街並みの雑踏のファーストカットで始まり、また結も喧噪で締める。また、余白を意識した青空のカットの多さ。意識して演出された弛緩的な雰囲気にとにかく没入できる作品でした。

 

BURN THE WITCH

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©久保帯人集英社・「BURN THE WITCH」製作委員会

今年公開されたアニメーションの中で、「原作から忠実にアダプテーションされた作品は」と聞かれたら、自分は間違いなく今作と鬼滅の刃 無限列車編を挙げますが、好みの話として、こちらのほうが好きでした。
簡単に表と裏がひっくり返る世界、御伽噺の否定を軸に描かれる久保帯人ワールド、その圧倒的なワードセンス・レイアウトがそのままアニメーションとして動き回る様は痛快でした。原作漫画より先に鑑賞したのも、好感触の要因。

 

えんとつ町のプペル

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©西野亮廣/「映画えんとつ町のプペル」製作委員会

視野を妨げているのは紛れもなく自分たち自身というマッチポンプな世界構造。そういった普遍的な本には然程目新しさを感じませんでしたが、今作の醍醐味はやはり、必死に上を見上げようと奮闘するルビッチ・プペルたちの心情とリンクするかのような、俯瞰・アオリカットの数々や奥行き、上下に振られる感覚がなんとも癖になる。
STUDIO 4℃さんの作品は、昨年の「海獣の子供」然りフィルムへの没入度にとにかく力を入れる印象でしたが、今作もキャラクター達と一緒に世界観を体感しているような感覚が良かった。再度鑑賞しに行くことはないとおもいますが、4DX上映等が始まれば行ってみたい気も。

 

 

「さよならを教えて 〜comment te dire adieu〜」感想―救済の有無、自己実現の対極

確か6月頃にDLsite様より購入してちんたら進めていた「さよならを教えて」、ようやっと全ルート読了しました。総括的に一言で感想をまとめると、「救いはなかった」と思う。以下、まず簡単なゲーム概要から。

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あらすじ

主人公は教育実習生としてとある女子校を訪れていた。ある日、彼は美しい天使が異形の怪物に蹂躙されるという奇妙な夢を見る。彼が校内の保健医にその夢の相談をしていた時、一人の少女が保健室を訪れる。主人公の見た彼女の容姿は夢の中の天使に酷似していた。主人公は教育実習生としてヒロイン達と親しくなりながら奇妙な夢の真相を探る。 (Wikipediaより)

 

PV


さよならを教えて ~comment te dire adieu~ デモムービー

 

 所謂アダルトゲームとなりますが、その枠に収まるにはもったいないレベルで読み物として優れていると思います。支離滅裂なテキストの羅列を、ストーリーラインに無理矢理整合性を持たせるように並べたような構成で、ある種目新しさもありました。信頼できないというレベルではなく、「全く」信頼できない語り手といっても過言ではないかもしれません(笑)。この作品において重要な要素は、自己実現とは?の1点に尽きると思います。

純文学に精通のある方、信仰心や哲学に詳しい方だと、より作品の世界観にのめり込めて面白いんじゃないかと。特に音楽面は、メランコリーな作品の世界観を存分に引き出した素晴らしい楽曲の数々となっておりますので、気になる方は是非調べていただきたい。

余談ですが、かなり刺激の強いゲーム故このような注意表示が最初に移されます。苦手な方は購入を控えた方がよろしいかと。

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それでは以下、ネタバレありの本題です。

目次

 

 

1.ゲームシステムについて

本作品は2001年発売のゲームとなっておりますが、「信頼できない語り手」トリックが用いられており、テキストゲームならではの工夫がふんだんに組み込まれていて、かなり目を引くものがありました。しかし、こういった手法が主流になってきた現代では、如何せん目新しさの点では弱く感じてしまいました。もっと早くこの作品と出会いたかったなと後悔。
こういった点はビジュアル面でも感じられて、現代の「萌え」に慣れてしまった今となっては特に強い魅力を感じたわけでもなく、プレイしていて非常に歯がゆかった。また、音楽面では、上でも記した通り全く色あせない上々の出来となっているので、是非プレイして直接きいていただきたいものです。

 

2.自己という世界≒殻に籠る主人公

この項が一番本記事で詰めたかった点です。長くなるかも
まず今作では、大きく緋色、黒色、白色の3色のモチーフカラーによって物語が彩られていると感じます。もっと本質的に言うと、塗りつぶされていると言ったほうが正しいか。黒と白は対極で一つだと言えるため、まず緋色から感じられた所感を。
MELLさんが歌唱を担当されている本作の主題歌「さよならを教えて」のサビフレーズ「昼と夜の間で 時間(とき)が止まる 終わりのない 永遠の夕暮れ時」が特に象徴的でしたが、本作の舞台は終始一貫して夕暮れ時が描かれており、妄想からいつまでも抜け出せない主人公、時の牢獄性を象徴する色合いに感じました。余談ですが、「Angel Beats!」も学校&夕焼けという舞台背景セットが印象的で、死から逃れられない人間が描かれるわけですが、牢獄性のモチーフとしては案外主流なんですかね。


閑話休題、主人公のモノローグで特に印象的だったのがこの部分。

僕の知覚の中以外のどこに世界があるって言うんだ?

自己の存在確認なんて、誰にもできはしない。スーパーヒーローだって。

だから僕が世界じゃないか。僕は世界だ。だから僕が世界を救うしかないんだ。 

 この文言は、ヘルマン・ヘッセ 著「デミアンの有名な一節、「卵は世界だ」と対であると言えます。

「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。 卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという」(『デミアン高橋健二訳)

 少女革命ウテナでも引用されているこの一節は、一種の「自己変革」論であると言えます。しかし今作「さよならを教えて」では、徹底的に「自己変革」と対極の位置にいる主人公の姿が描かれており、上に挙げた対比のような節からもそういった点が伺えました。ここで「白」というモチーフカラーが重要となってくるのですが、今作ではさらに二種類の白、精液や便器といった汚い「白」、天使(翼)や主治医の白衣といった清潔の象徴としての「白」の2種類に分類されています。様々な感想サイトで論争が行われておりますが、自分の解釈としては、前者の白は自己を内包する閉塞的な「卵の殻」の象徴、後者は卵の割れ目から除く淡い「光源」そのものを表していたのかなと。当然「黒」は、それらと対をなす主人公の存在そのもの。

 

3.ヒロイン別感想

今作は睦月√以外は基本的に順番を気にせずプレイしてよいと思います*1。以下自分の攻略順で掲載しています。

 

高田望美(たかだ のぞみ)

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「私、飛べるのかな?」(高田望美)

今作のヒロインたちは主人公の「何者にも成れない」苦悩からくる自己投影的存在として描かれますが、彼女は主に夢へ飛翔できないでいる主人公の体現だったと言えるでしょう。彼女のイメージである「カラス」というモチーフ性、ラストで彼女が建物の屋上に書きなぐる”rebirth"(再誕)という文字も、上であげた「デミアン」との対比のイメージを一番感じたヒロインでした。

特に印象的だったのは、主人公の吸っていたたばこに興味を示すシーン。単純に興味をそそられているような描写は可愛げで、それでいていつまでも「子供」であることにしびれを切らした彼女の決別したいという気持ちが切に表れた場面でもあり、心をえぐられました。

彼女は特にそういった内面に抱えた苦悩が強く伺えたため、どの√でも救いがなく非常にショックでした。しかしそれは同時に主人公も救われなかった(飛べなかった)ことを表すため、必然的な悲劇だったんだと思います。無念。

 

目黒御幸(めぐろ みゆき)

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がすっ、がすっ・・・
何度も、何度も、僕は御幸の頭を机に叩きつけた。
何度も、何度も、僕は御幸の頭を机に叩きつけた。
何度も、何度も、僕は御幸の頭を机に叩きつけた。
何度も、何度も、僕は御幸の頭を机に叩きつけた。
何度も、何度も、僕は御幸の頭を机に叩きつけた。
何度も、何度も、僕は御幸の頭を机に叩きつけた。
何度も、何度も、僕は御幸の頭を机に叩きつけた。
何度も、何度も、僕は御幸の頭を机に叩きつけた。
何度も、何度も、僕は御幸の頭を机に叩きつけた。
何度も、何度も、僕は御幸の頭を机に叩きつけた。
何度も、何度も、僕は御幸の頭を机に叩きつけた。

 一言で言い表せば、もの静かな博識少女というありがちな役割付けのヒロインでしたが、今作においては、まさに一番自己投影が如実に表れていたように感じました。勉学に対するコンプレックスだとか、コミュニケーションに苦悩する姿なんかは特に、自身にも思い当たる節もあり辛かった。

そして今作は、自己の破壊の象徴として、必ず主人公が全ヒロインに暴力的な行為をするシーンがあったのですが、上で引用した主人公のモノローグからも伝わるように、彼女に対しては特にその傾向に過剰さが際立っていたように感じました。高圧的な態度を表面に表すヒロインでしたが、同時に主人公の異常なまでのプライドの高さも印象付けられました。

博識少女という設定上、他の創作を引用したヒロイン毎の解説(狂言回しに近い)が全√に必ずあって、本ゲームのライターが伝えたいことの代弁的な位置づけだったことも印象的だったか。眼鏡好きは要チェック

 

田町まひる(たまち まひる

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「どうして、まひるのことイジメるの?」(田町まひる

 作劇に一貫して流れるどす黒い雰囲気の清涼剤的な役割かと一瞬期待しましたが、決してそんなことはなかったです。いや、知ってましたけどね(泣)。過去の心的外傷と戦う主人公と、終始可愛げな仕草で振る舞う彼女の描写は、くしくも許しを請う主人公の姿そのもので、表面上は明るい場面も全く癒したり得ない悲しさ。

一般的なゲームにおける幼馴染的なキャラで序盤こそ愛くるしい姿とBGMが作劇の緩和剤となっていたが、案の定終盤は痛々しい(物理)場面のオンパレードで落差が辛かった。彼女は明るくとも、主人公を赦してくれる存在などいなかった

自分の好みではありませんでしたが、おそらく作品中でもかなり人気のあるキャラだったのかなと思います。

 

上野こより(うえの こより)

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「そのヒクツさはぁ、すでに傲慢ですよぉ」(上野こより) 

 個人的に一番好きなキャラでした。気怠さを隠そうともしないゆったりとした口調や楽観的な性格はまさに自分のツボでしたし、およそ学生のものとは思えない豊満な体つきの官能的なこと。上記3ヒロインは何らかの側面における主人公の自己投影的存在でしたが、逆に彼女は主人公の対極として描かれていました。根詰めて考え込んでしまう主人公、どこまでも楽観的なこよりの描写など。

豊満な体つき、という点も決して意味がないわけではなく、主人公が彼女とのコミュニケーションにおいてたじろぐ要因となっており、くしくも主人公の女性に対するコミュ障っぷりを描き出していました。この辺りも感情移入しやすかったかなと。

楽観的な思考だったという点を強調しておりますが、だからこそそういったキャラに上で引用したようなセリフを言わせる(仮託する)ライターは、やはり今作の魅せ方を分かってるなぁと感心した場面でもありました。お見事。

 

巣鴨睦月(すがも むつき)

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「そうです。あのコが僕の畏敬する天使様なのです」(主人公) 

 まずプレイした感想として、彼女を「天使」と位置付ける点がやはりまた唸らされる。彼女は上記5人中唯一の実在するヒロインであり、また「再び飛ぶこと」を赦された存在だったのだなと。

この作品における、所謂「トゥルーエンド」の位置づけを敢えて定義するならやはりこの√なのですが、それにも関わらず主人公は他の√と全く同じ終幕を迎えるのが印象的だったなと。「CHAOS;CHILD」をプレイしたときも思ったのですが、やはりプロットのよいゲームは√の位置づけ(というより”トゥルー”エンドの在り方)から違うなと唸らされる。睦月は飛び上がったとしても、自分を赦せなかった主人公は結局同じ終焉をたどる。

別√ではモノローグで完結させていた一人の狂いに狂いまくった殻の中の雛が、皮肉にも異質なダイアローグによって一人の少女を救済した。主人公に救いはなかったが、我ら読み手には少なからずしっかりとした余韻が残った。

 

4.最後に

あまりガッツリは取り上げませんが、最後に作中で用いられた「スーパーマリオ」の話から思ったことを少々。

大森となえ*2「幻覚キノコを食べて、身体が大きくなる・・・・

    花を取ったら火が吹けて・・・・

    大麻のさ、一番キクところって知ってる?

    トップっつってね、要するに花なんだけど」

 

主人公「僕がマリオなら、誰かが操作してるはずなんだ!」

 もちろん某任〇堂様のゲームにこんな事実はなく(笑)、いもしないピーチ姫(≒ヒロインたち)の救済に奔走する主人公を咎めるとなえさんの台詞なんですが、主人公にここまで(ゲームとして)メタ的な台詞を仮託したことにもやっぱり意味はあると思ってて。「信頼できない語り手」的演出として主人公がプレイヤーの選択肢と全く違う行動をとる描写もあるのですが、この作品における主人公とプレイヤーは全くの別人なのだ。だからこの作品に救済はなかったと捉える人もいるし、一人の少女を救ったという事実に安堵する人もいる。個人的な意見としては前者だが。

「主人公の操作」という枠から切り離される作品に対する相対性、解釈の多元性は、紛れもなく今作をカルト的ゲームたらしめる要因だったと思う。

 

©VisualArt's/CRAFTWORK

*1:睦月√はラスト推奨。

*2:作中の登場人物、スクールカウンセラー。女性でヒロイン枠に近しいが√は無い

「クリエイターの創造から生まれるアジテーション」―Newtype 12月号 感想

Twitterで軽く所感を呟く程度にとどめようど考えていたのですが、雑誌を読んでいるうちに思うところがとめどなく膨らんでいって、こうしてブログを執筆している次第です。アニメを含め創作と向き合うにあたって、「面白ければいい」から「制作者さんの工夫を知りたい」へと転換しているんですよね。日に日に。勿論「楽しければいいじゃない!」という感覚は大事だと思うのですが、クリエイターの方々の工夫で見えてくる創作の多彩な側面をしっかり咀嚼していきたいなと。とまあ詭弁はこの辺にして感想を。異様に長くなってしまったので、目次から気になる項だけでも読んでいただければ幸いです。

 

ニュータイプ 2020年12月号

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  • 発売日: 2020/11/10
  • メディア: 雑誌
 

 

 目次

 

劇場版「鬼滅の刃」無限列車編 ―劇伴によって引き出される感情の共鳴

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まず初めに率直な感想を述べますと、原作未読で臨んだ身としては感情移入がしやすい本とは言えなかったなと。今作はTVシリーズ時より、原作からの忠実なアダプテーションがファンから評価されておりましたが、弊害として、感情の咀嚼を阻害するレベルのモノローグ解説の多さは映像化されたことにより悪目立ちしてしまったし、なにより週連載によって丁寧に掘り下げられていた「煉獄杏寿郎」の人間性を、映画尺の中で描き切ってしまった(時間は伸縮しない)点も、イマイチ本の情感に入り込みづらい一因でした。
とはいえ、リアルを追求した3DCGによる背景美術の上から、リアリティ溢れる繊密なセル画で描かれた炭次郎をはじめとする鬼殺隊の面々は、奇しくも「人間VS鬼」という今作のテーマ性を象徴するようで素晴らしい画作りだったし、劇伴による感情への相乗効果の圧倒的高さは、評価されるべき要素だと思います。
と、ここまでが映画のみの感想でしたが、Newtype 12月号にて、劇伴を担当された梶浦由記氏・椎名豪氏のインタビューが掲載されていて、また改めて作品に対する印象が変化しました。

TVシリーズからの制作体制の変更点を質問されて) 
椎名「基本的には変わっていません。ufotableさんの作品はTVシリーズでも、劇場版でもフィルムスコアリング(映像に合わせて音楽をつくる手法)が多いんです。

 

 梶浦「ufotableさんは映画のなかで「音楽を聴かせる場所」をつくってくれるんです。音楽の効果を考えて、映像をつくってくださることはとてもありがたいですし、そういうシーンの音楽をつくるのはプレッシャーもあります。でも、音楽のつくりがいも大きいんですよね。」

 フィルムスコアリングという手法は音楽手法に疎い自分は初めて知りましたが、必ずしも音楽→映像の順番じゃないんだなと。ここまで読んでなんとなく思い出したのが「天気の子」公開時インタビューにて新海誠監督の「RADWIMPSさんの音楽が輝く瞬間を、この映画が最も輝く瞬間にしたい」という発言、今作「鬼滅の刃」の制作スタッフの熱量と合致している気がして、自然と感動してしまったんですよね。
ここでもう一つ、最近鑑賞した作品であるため記憶に新しい「劇場版「空の境界」 俯瞰風景」。

 

劇場版「空の境界」 俯瞰風景 【通常版】 [DVD]

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同じく梶浦由記さんが音楽を担当されていますが、浮遊する意識と地に足をつける両儀式の戦闘シーン、シークエンスの持ち合わせる熱量に呼応するように盛り上がる劇伴は、まさしくフィルムスコアリングによって制作された劇伴ではないだろうか。動きのある作画や迫力際立つ撮影処理の数々も圧巻でしたが、劇伴に関しても、作品を裏から引き立てるというよりは、むしろ「一番作品で輝いていた」要素ではないだろうか。
鬼滅の刃 無限列車編、鑑賞時は漫画から映画へとアダプテーションする過程においての欠点が露呈した作品のように感じましたが、クリエイタ―の方々の工夫を知った今、むしろ「映像でしかできない表現」の良さを改めて知ることができた作品でした。

 

魔女見習いをさがして ―延長線上ではなく、「リアル」を描いた意味

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自分は所謂「おジャ魔女どれみ」は全くの未鑑賞で、作品におけるキャッチコピーやTwitter・ブログのレビュアーさん方の「おジャ魔女を見てない人でも楽しめる」という後押しのもと今作の鑑賞という決断に踏み切りました。さすがに第一シリーズの1話を見てから鑑賞に臨みましたが。しかし「おジャ魔女」の映画であるということで以前から期待を寄せていたファンの方々からすると、キャストやあらすじが公開されるにつれて「どれみちゃん達のその後を描かない」という制作陣の決断は、少なからずショックを受けたのかなと思います。
とそんな感じの第一印象を受けながら鑑賞した今作「魔女見習いをさがして」、まず最初にフィルムの特色として印象に残ったのが、かなりパッキリとした陰影による画面レイアウトの断面。光影の演出によって付けられた影の境界線がかなりくっきりと引かれてるんですよね。影絵的に表現されるどれみ達、魔法玉に映るハイライトの消失、関係性の亀裂を象徴するような影によって引かれる境界線。シークエンスによって表現の仕方は様々でしたが、徹底して現実と魔法の乖離が描かれているように感じました。Newtype 12月号、監督・佐藤順一氏×プロデューサー・関弘美氏インタビューにて、両名はこう綴ります。

 (どれみを見ていたファンを描くのに、キャラクターデザインを「どれみ」調にした理由を質問されて)

関「確かに実写寄りにすれば、とおっしゃる方もいました。でもそうすると、実写とアニメの世界に優劣ができてしまう気がしたんです。メタに立ちすぎるというか、それはこの企画がめざすものとは違う。」

 

佐藤「子供のころに見た作品からもらったものって、大人になってからも残っていると思うんです。<中略>たとえ番組の内容は忘れてしまっても、ふと思い出すことがある。この映画が、そんなことを意識できる作品になって欲しいですね。」 

 今作は「おジャ魔女どれみ」を創作として享受する人物たちが描かれるわけですが、ここで実写などの決断に踏み切らなかったのは、あくまで「どれみらしさ」を尊重したい制作陣の思い入れの表れでもあるのかなと。ともすればキャラクターデザイン(馬越氏)の頭身が一貫してどれみ調で描かれていたり、あえてアニメーション的な「くずし」をふんだんに詰め込んだコンテ構成も納得のいく判断だなと。それを踏まえて上に挙げた光影の演出にしても、現実と魔法の断絶をメタ的に表したものではなく、自己実現の過程において彼女たちの間にある等身大の悩みをフィルムとして表現したものなんだなと改めて思い直しました。だからこそラスト、それまで影として描かれてきたどれみ達が色彩豊かな姿でMAHO堂に顕現するかのような演出は、「いつでもそばで応援しているよ」というクリエイターからの、ひいては作品そのもののメッセージのように感じられて、筆舌に尽くしがたいほどの叙情に駆られ、どれみ達を知らない自分でも涙腺に来るものがありました。

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今作で描かれていたのは、魔法の否定ではなく、あくまでひとつの「創作への向き合い方」の道を示したものなんだと、クリエイターの方々の工夫に触れることで改めて思い直すことができました。

 

GOTCHA!―リアリティは時にリアルに昇華する

今月号のNewtype購入に踏み切った理由のひとつがこれ。こんな素晴らしいMVを制作してくださった方のインタビュー、これは是非読みたいなと。知らない方のために詳細、YouTubeにて公開されたポケットモンスター×BUMP OF CHICKENによるスペシャルミュージックビデオです。リンクもそっと添えておきます。


【Official】Pokémon Special Music Video 「GOTCHA!」 | BUMP OF CHICKEN - Acacia

感想や考察に関しては以前別記事にてかなり詰めたため、本稿ではインタビューを読んだうえでの補足的感想をチョロっと呟こうかなと。下に別記事のリンク貼っておきます。

 

karipan.hatenablog.com

 個人的に嬉しかったのが、上記記事にて予想していた、中村豊さんの担当カットが的中していたんですよね(笑)。表情から表情への流れるような躍動感あるカット運びは、やはり彼だからこそ描けるかっとだよな、という。
本MVを担当したアニメーター3人のインタビューでは、やはりキャラクターデザイン・作画監督を務められた林祐己氏のお話が印象的でした。

林「基本的に、奥にある「ポケモン」世界と手前の現実世界の2つに分けて、「ポケモン」世界のほうはゲームに準じたデザイン。手前は「ベイビーアイラブユーだぜ」*1とか、これまでの松本作品のテイストに近づけたデザインでいく、という話でした。

 これだけ聞くと、上記の「魔女見習いをさがして」と通ずるものが感じられますが、ここで大事なのは、現実世界の描写はよりリアリティを持たせている点。ポケモン世界と現実世界、この境界がしっかりとキャラクターデザインの頭身に対比的に表れています。こういった世界観にするという決定を下した監督・松本理恵さんのポケモンに対する思いをつづったインタビュー記事も、是非購入して読んでいただきたいものです。

 

©吾峠呼世晴集英社アニプレックスufotable

©東映東映アニメーション

*1:菓子メーカー・ロッテの創業70周年を記念して制作されたショート・フィルム。BUMP OF CHICKENの「新世界」に乗せ、ロッテの商品をモチーフにしたキャラクターたちが次々と登場。今作「GOTCHA!」と同制作スタッフが多い