カリーパンの趣味備忘録

視覚から得る情報の雄弁さは計り知れない。

「白い砂のアクアトープ」1話感想ー逃避と挑戦、メンタリティの描きを考える。

満を持して再始動しました、篠原俊哉監督。「色づく世界の明日から」でも監督を務められているし、「神様になった日」絵コンテ回でもかなり印象的なカットが多かった点も記憶に新しいです。

 

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 新作の初回を見る際に自分が重要視している点として、「如何に序盤でキャラクター造形を掴ませにくるか」という点に重きをおいて鑑賞しますが、そういった意味では、主人公の一人「宮沢風花」の描写はここ最近の新作アニメ描写の中でも、一際優れていたように感じました。

というのも今作はまず、風花が部屋を売り払う〜沖縄へ向かうというシークエンスから物語が始まりますが、この時点で

自分から夢を諦めた

お人好しではあるが、主体性を放棄している訳では無い

「譲歩」以外においてはかなり行動的なメンタリティの持ち主である

ということがわかるストーリーテリングの情報量の開示に感心しました。

他人に権利を譲歩したとはいえ、そもそも地方から上京してきている時点でかなりの行動力ですし、夢への想いもかなりのものだったと読み取れます。また、逃避目的とは言っても、あてもなく沖縄に行ってみようという気概も中々のものです。しかしこういった描写はやはり、彼女の「譲歩と行動力」の塩梅を表す上では十分すぎるものでした。

そしてこういった彼女の人間性は、篠原監督によって初回の時点でかなり深部まで掘り下げられていきます。

 

①彼女の芝居付けから分かる人間性

彼女の細かな所作に注目してみても、面白いくらい人間性が読み取れます。

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例えば序盤、事務所にお礼の挨拶へ行くシーンでは、自身の振る舞いのやるせなさから、思わず立ち止まってしまう足の芝居付けをフレームに納める意味合いは、後述する理由からもとても強かったように思います。或いはAパートの彼女を捉える上で多い余白の多いカットやロングショットの多さは、彼女の心の隙間を描く上で非常に雄弁でした。


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また面白いのが、喧騒や逃避を描いたAパートとは対照的に、Bパートでは一気に劇伴の雰囲気やテンポ感がスイッチされ、くくるの日常世界へ没入していくコンテワークに思わず魅入ってしまいました。

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FIX*1を中心に映される彼女の日常、しかしその中でも「何か」があると思わせる逆光やライティングの塩梅が絶妙。

 


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閑話休題、ここで面白いのが、篠原監督が多用するプロップ芝居*2。今作ではアイスクリームを用いた演出でしたが、「色づく世界の明日から」、「Charlotte」ではポッキーを用いた描写が象徴的でした。

 

 

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話を戻しますが、占い屋に捕まったシーンでは、占い屋が右手を差し出すことを要求しているのに対して、普通はアイスクリームを左手に持ち替えるところを、風花は口で持ち上げようとしています。また、スマホで親に連絡しようとするシーンでは、メッセージを打ちかけてしまってしまう一連の描写。彼女のお人好しな人間性の裏には「他者に譲りきれない何か」が共存していて、彼女の中でそういった対極にいる2つの心情が常にせめぎ合っていることが分かる描写がおもしろく興味深いです。

 

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だからこそラストシーンにて、序盤では踏み出しきれなかった足がフレームアウトしていく描写は筆舌に尽くし難い感情の揺らぎを感じてしまいました。他者に同調してしまう気持ちの中で、どうしても自分を変えたいという気持ちをここまで画として描き出せるんだなっていう。

 

②風花の心情のベクトルの描き

また序盤の足のシーン、上手方向へ歩くのを躊躇った風花、以降の逃避シークエンスでは上手に行ったり下手に行ったりという描写が印象的で、それは正に彼女の逡巡の想いとして描き出されていました。

 


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そういったベクトルへの意識が、ラストで再び上手へ踏み出すシーンに繋がっていくのは言うまでもないですが、くくると風花の視覚的な位置関係の描写においても例外ではありません。逆光で描かれた二者のショットが、想定線を逸脱して順光に切り替わったのも、徹底した風花の心情の移り変わりの描写、或いはくくるとの対比構造がテーマである、ということが初回から分かります。

 

③篠原監督特有のモチーフ性

神様になった日」5話を記事として取り上げた際にも言及しましたが、篠原監督の特徴として、「静と動」の転換はやはり外せない要素だなと痛感した初回でもありました。

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主に水族館でのシークエンスでそれは一気に顕著になるわけですが、「凪のあすから」「色づく世界の明日から」の系譜から、海かシンボル的に用いられることも分かります。

 

また初回では、色づく世界の明日からの劇中劇で登場していたペンギンか特にモチーフとして強調していたように思います。

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Cパートラスト、率先して海へ潜るファーストペンギンのモチーフ。「輪るピングドラム」でも用いられているギミックですが、ピンドラでは自己犠牲の象徴だったのに対して、やはり今作では「チャンスがあれば掴み続ける」という風花のメンタリティの描きに他ならないと感じます。

 

というわけで、宮沢風花の人間性を、篠原監督の作家性と結びつけて考えてみたの巻でした。お話的にグッと惹かれた訳では無い、しかし初回でここまで一人の人間性を掘り下げるフィルム作り・ストーリーテリングにひたすら感心させられた回でした。とはいえ気になってくるのはやはりくくるとどのように関係性を紡ぐのかという点であり、今後どのように描かれていくのか楽しんで鑑賞する予定です。

*1:カメラ固定

*2:演劇や舞台における小道具を用いた芝居付け