「彼女、お借りします」の憎めない美点
こんにちは。
今期放送が終了した「彼女、お借りします」。皆さんの感想を読んでいると、かなり綺麗に(?)賛否両論な印象。というのもこの作品、大まかな不満点はおそらくみんな一致してると思うんですよ。実際自分も、不満点、もしくは感情が入りきらなかった点は、感想を読んでてとても納得しました。
しかし、自分は最後まで割と楽しく見れていました。それは声優さんの名演だったり、キャラクターデザインの魅力だったりが第一としてあるわけですが、もっと部分的に「おっ」と感じるシーンもあったり。
作品への不満点を挙げた感想をよく見かけるからこそ、本稿では良かった点、好きな点をまとめてみました。一応前提として、原作未読です。拙い文章ですが、よろしゅう頼んます。
1話と12話(最終回)の演出について
1話・12話・OP・EDの絵コンテを担当されている、本作の監督でもある古賀一臣氏。彼が絵コンテを担当された部分は突出して好きで、OPについてはTwitterの方で触れたので参考までに。
#彼女お借りします OP①
— カリーパン@アニメ (@animekaripan) 2020年7月18日
絵コンテ・演出:古賀一臣
まずこのOP映像、他作品に比べキャラの視線移動がめちゃくちゃ多い
イントロ→歌い出しのタイミングで大きく表示されるタイトルロゴ、これから始まるぞ!と訴えるようでいい
歌詞とリンクした絶妙な千鶴と和也の距離感の演出が◎#かのかり pic.twitter.com/ydVEVHxLsZ
閑話休題。一話アバン、「俺は木ノ下和也、」というこの作品における第一声と同時に始まる歩く描写、どこか大らかさを感じられる足元の芝居。そして直後、和也のモノローグと同時に映し出される口元の歪みのアップ、この10秒弱で、仕草も合わせたかなり濃密な「自己紹介」をしたと言える。
今作を「キャラ紹介アニメ」と評している方が数名いてかなり納得していたんですが、思えば上で挙げたようなカットも、そんなかのかり一期のストーリーテリングを象徴するかのようで。尺の都合上、二期以上の構成にすることは、早期の段階で決まっていたのかもしれませんね。プロット構成の巧さが、絵による演出として表れていたように感じるシーンでした。そういえば11話アバンも、先に挙げたシーンに似たような構成でしたね。墨ちゃんえっt…可愛いですね。
そして12話。やはり注目したいのが、歩道橋の上でのワンシーン。歩道橋は人生の交差点の隠喩とも言えますが、少なくとも今後の彼ら・彼女らを左右する場面であったことは間違いない。基本的に表情芝居の読み取りやすい寄り気味のカメラワークで会話が進みますが、和也に対しての気持ちを問いかけるシーンでは、キャラの心情に呼応するように、カメラが一気に引く。麻美からの問いかけの際、攻守逆転するかのように、イマジナリーラインを跨いで上座・下座(左右)が反転するシーンも印象的でした。
また、会話の終わりに挿入された、和也の号泣を収めたハーモニー処理(止め絵演出)。差し込まれた段階では演出意図が謎で混乱しましたが、終盤パートを見るに、和也の千鶴に対する気持ちに改めてスイッチが入ったことを印象付けるカットだったのかなと思います。
そして一番印象的で思わず「カッコいい!」と感じてしまったカットが、1話と12話で対比的に描かれる、タイトルバコーン!!のシーン(語彙力)。特に注目したいのが1話の方、ダッチアングル(斜めに撮られた構図)が関係性を象徴するようで。目線は合ってるんだけど、千鶴が上側に来ている斜めの構図から、関係の不安定感が否応なしに表れている。自分は特別ラブコメが好きなジャンルというわけではなく切るときは切るのですが、まずここのカットで惹きつけられ視聴確定。で、12話。和也が上座(右側)、千鶴が下座(左側)と、1話と逆転の構図となっている。
このカットで決まって挿入されるthe peggiesさんの楽曲の素晴らしさもさることながら、引き締まった構図・対照性の美しさは、思わず感情が揺さぶられました。1話で魅せてきただけに、2~11話はどこか緩慢な心持ちで見ていましたが、ラストでまた引き締めなおしに来た構成は見事。
人間味の強い表情芝居について
キャラクターの表情芝居にも感心する点があって。例えば和也、まぁ基本的には欲丸出しのゲスい表情が一番多いんだけど(笑)。その次に多いのが、全話を通して見られる、喜怒哀楽のどれにも該当しないような、こんな表情。
例えば自分なんかは、考え事に頭を巡らせ意識が飛んでるときとか、大体こんな感じの表情になってると思うんですよ(笑)。本作を見てるときも、考え事に頭が巡って内容が右の耳から左の耳に流れかけることなんかもありましたが、こういう表情が挟まる度に、自分の気が抜けていたのを自覚して、自然と緊張したものです。かなりリアルで、人間味のある表情なんですよね、とにかく。欲に忠実かつ後から後悔・反省する和也。彼が作劇を不評たらしめる最も大きなファクターであり不誠実極まりない態度だが、同時に正直な証拠でもあり。こういった「エゴと自己嫌悪のサイクル」も表れている気がして、とても雄弁な表情芝居だなと。
そんな彼の表情の中でも特に好きだったのが、4話のラスト、海に飛び込み千鶴を助けるシーン。トラックアップ(カメラのじわ寄り)で和也の表情に寄るカットから飛び込むまでの一連の流れが描写されていますが、バックに流れる焦燥的な劇伴と対照的に、「考えるより先に体が動いた」ことが分かる自然な芝居が至高。彼の手から自然とスマホが滑り落ちる描写も、反射的に体が動いたことに関して付随する描き方をすることで、より説得力を持たせるようで良い。
好きの反対は無関心。正直言って好きにはなれないキャラでしたが、この表情が挟まる度に、「どんなことに考えを巡らせ、どう立ち回るのか」に興味・関心がわいてしまう自分がいて。彼は嫌いなキャラではありましたが、それは少なからず我々俯瞰者の自己投影が介在しているわけで、こういった人間性に憎めない点はありました。
〆
まぁ、あと強いて言えば、「俺ガイル」と同時期放映だったのもでかかったような。個人的には俺ガイルの方が作品満足度は上でしたが、作風が合わない人は通夜状態にしか見えないだろうし。「半沢直樹」が売れた要因でもあると思うんだけど、ラブコメを描きつつもエンタメ性を頑張って取り入れようとしていたように思う。功を奏していたかは別として。
個人的には、かのかりで苦笑しつつ俺ガイルで疲れてと、いい感じにマッチポンプな感情運びになってたと感じます。ということで本記事はここまでです。二期では墨ちゃんが活躍するそうです(圧)
下にTwitterのほうで呟いていた感想まとめのリンクも貼っておきます。
「みんなの物語」「薄明の翼」に感じたポケモンの新境地①
こんにちは、もしくは初めまして、カリーパンです。
早速ですがポケモン作品って、皆さんのイメージとして、アニメ版はサトシ、ゲーム版は自分みたいな、一人の主人公の視点を通して物語が描かれるイメージがありますよね?しかし、タイトルに挙げた二作「劇場版ポケットモンスター みんなの物語」、「薄明の翼」からはどうも一味違ったオーラを感じたので、こうして掘り下げてみようと思った次第です。
ポケモン好きの方はもちろん、どちらかというと「ポケモンをあまり知らない」といった方に興味を持っていただけたらな、という思いの方が強めなので、お暇があれば是非読んでってください。
☆「劇場版ポケットモンスター みんなの物語」:群像劇に感じる「バトンタッチ」
ポケットモンスター みんなの物語感想①
— カリーパン@アニメ (@animekaripan) 2020年4月6日
夏頃に放送されていたのを録画して、今更視聴
前作「キミにきめた!」である意味禁じ手ともいえるメタ演出をした湯山監督の、20年来のポケモン映画監督からのバトンタッチで初の矢嶋監督のポケモン映画作品
結論から言うと、号泣してしまった。#アニポケ pic.twitter.com/m44otls0al
今作は、前作「劇場版ポケットモンスター キミにきめた!」で監督を務めた湯山邦彦に代わり、矢嶋哲夫監督。というのも、20年来変更がなかった監督の初交代だったんですね。そしてそれを強く感じさせる「バトンタッチ」がありました。転機であるからこそ、ポケモンに触れてこなかった人に見てほしい一作。ネタバレ抜きで魅力を紹介。
・主人公の「芽吹き」
今作最大の特徴としてあるのが、「サトシ」を主人公に据えて伝説のポケモンと出会い問題を解決して…という従来のポケモン映画の流れをぶった切る、複数人のオリジナルキャラに焦点を当てたグランドホテル方式(群像劇調)である点。一作品としてのまとまりはあるため、オムニバス形式ではないですね。
映画の尺の中で複数の主人公格を動かすことの大変さは想像に難くないですが、それぞれのキャラクターの掘り下げが簡潔に、それでいて私たちにも一度は覚えがあるような等身大の「トラウマ」に結び付けられており、没入感が損なわれない。歩み寄れないオバサン、一歩引いてしまう少女、ホラ吹きなおじさん、奥手な少年、まだまだ世間を知らない少女。それぞれがポケモンと歩んでいく過程を描いた成長活劇に誰しもが共感し得るのではないか。
・今作におけるサトシの役割
じゃあ今作においての「サトシ」の役割は?と聞かれると、あくまでサブキャラクター的な位置と言えてしまうかもしれない。しかし今作の彼にも、明確に重要な役割がある。
ここで、「サトシリセット」という言葉を聞いたことがあるだろうか。簡単に言うと、「アニメポケットモンスター」のブランドに強く根付いた、主人公=サトシの呪いのこと。まあこの辺に関してはデメリットばかりではなく、「サトシとピカチュウ」という違う世代の間でも共通の認識に落とし込める、という利点もあるのだが。
閑話休題。以上のことを踏まえたサトシの今作の役割は、20年もの間、湯山監督が築き上げてきたサトシ像の「背中」であるといえる。まだまだ人間としては未熟であるサトシ、だがポケモンと歩んできた軌跡を背中で語る。そしてそれに感化される今作の主人公たち。バトンタッチと主人公の芽吹きがとにかく印象的でした。
・〆
ほんとは薄明の翼の魅力も紹介したかったのですが、それだけで一記事が出来上がってしまいそうな勢いなので、本記事は短めですがまた次回。
「ポケモンの数だけ、冒険がある。」一人の主人公による主観的な物語展開のみが、ポケモンの魅力ではない。ということを、本作を鑑賞し、体感していただきたい。ポケモンに触れてこなかった方にも是非おすすめです、という紹介で、今回のところは〆とします。
©Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・JR Kikaku
©Pokémon ©2018 ピカチュウプロジェクト
「劇場版 空の境界/終章」が難しかったなって話。
こんにちは、カリーパンです。
つい先日、ようやっと「空の境界」に手を付けまして、いやはや面白かったなと。特に俯瞰風景、痛覚残留、矛盾螺旋は好みドストライクだったなぁ。
そんな中一つ引っかかった作品(悪い意味ではないです)がありまして、それが「劇場版空の境界/終章」。
劇場版 #空の境界/終章 鑑賞
— カリーパン@アニメ (@animekaripan) 2020年9月2日
30分間2人の登場人物が会話するのみ。よく言えば挑戦的、ただ正直絵の付いたドラマCDのような。音楽で言うとジョン・ケージの「4分33秒」に似たものを感じる、とにかく試行的。
情緒的な雪の描写や2人の対面を敢えて絵にすることは、何か意味がある気がしてならない。 pic.twitter.com/3xBREyUDVD
根強い人気のあるシリーズでかなりの量考察ブログもありますし、今更深堀りできる頭もないですが、演出面から感じたことを適当にメモ。
他作品も例として引用しますが、どの作品もネタバレには触れませんのでご安心を。
1.イマジナリーライン逸脱の意図
「空の境界 終章」で最も気になったのが、イマジナリーラインを破る演出。タイトルの”境界”からも、どうも無関係じゃない気がして。
「イマジナリーラインって?」という人も多いと思うので、こちらの方のブログ説明が分かりやすいのでご覧いただくか、
orita-ani.net
「パプリカ」というアニメ作品で明確に説明が入るのでオススメです。
また、最近「半沢直樹」でも話題になった題材なのっで、興味のある方は「半沢直樹 イマジナリーライン」でTwitter検索してみても面白いかもしれません。
アニメは実写作品よりもイマジナリーラインの定義が曖昧で、演出上の意図に正解が見えない話ですので、予めご了承を(全力で予防線張るスタイル)。
2.他作品での例
・Dr. STONE
先に紹介したブログでも挙げられていた、16話アバンでの一幕。ルリが下手(左側)、千空が上手(右側)で会話が行われています。
そして会話途中でカット転換、次の瞬間二人の構図が反対に!そう、カメラが「イマジナリーラインの向こう側」に渡った。
実際に映像だとかなり不意に見えるけど、二人のみの会話シーンだし、何より引きの絵で互いが向かい合ってることは明白なので、違和感はさほど感じない。
前カットは、後カットのバックに映っているキャラクター視点であるといえる。ここでの演出意図は、「バックのキャラクター視点(前カット)から、舞台演劇を意識させる視聴者視点(後カット)への移動」なんじゃないかなって考えてる。
・Re:ゼロから始める異世界生活 2nd Season
34話にて。なんなら最新話だけど、偶然引っかかったので抜粋。
場面はスバルとエキドナの茶会。毎週視聴している人なら、この引きの絵で、スバルが下手(左側)、エキドナが上手(右側)の構図で茶を囲む光景が自然と定着していると思う。
基本上手はプラスの印象で*1、味方が上手、敵が下手に配置されやすい(あくまで印象論)ため、ここでエキドナが上手側なのはスバルの安心しきっている心理状態の表れともとれる。
で、問題のシーン。エキドナが代償を要求する場面でカメラが完全に切り替わり、左右反転。
本作はこの辺りの演出がとても丁寧で、スバルの手に巻かれるペトラのまじないがアップになるカットが挟まることで、ほぼ違和感を残さずイマジナリーラインの逸脱に成功している。
自分の考えとしては、単純に展開の方向性が転換した、つまり「エキドナ」を紐解く上で大事なシーンであることを印象付けるものだと思います。この作品は原作未読なので、点で的外れな予想となるかもしれませんが。
3.空の境界/終章でのイマジナリーラインの意味
さて本題。空の境界/終章は基本的に終始二人の会話劇で構成されているけど、かなり決定的にお話のベクトル方向が転換するシーンがある。まず基本から、幹也が上手、式が下手の構図。背景のガードレールをイマジナリーラインと捉えるとわかりやすいかも。
そして物語中盤、幹也の目を覆うように伸びる式の手、ここでイマジナリーラインの向こう側へカメラが移動。
ここで本題。自分の理解力の問題で、作中の会話が難解すぎて演出の意図が非常に汲み取りづらい。単純に覆われていない方の幹也の顔を映すためともとれるし、今作で定義される、自己の器や対立の要素*2の曖昧な境界の暗喩ともとれるような。
4.〆
演出の意図なんてものは、究極の話制作サイドしか知りえない領域。むしろドラマCD向けともいえる構成だった「空の境界/終章」、だからこそ絵に重要な事柄が内包されていた気がしてならない。こういった難解な作品と出会った際のため、自身の創作における感受性を高めたいということが言いたかった、というところで本記事の〆とします。
©米スタジオ・Boichi/集英社・Dr.STONE製作委員会
©長月達平・株式会社KADOKAWA刊/Re:ゼロから始める異世界生活2製作委員会
自分が思う創作との向き合い方について。(自己紹介)
皆さんこんにちは!カリーパンと申す者です。
普段はTwitter(@animekaripan)にて主にアニメ(+α)の感想を簡潔に呟いておりますが、まさかこんな長文を書きたい、と思う日が来ようとは(笑)ブログ開設の動機等も含め、最初の記事は軽く自己紹介となります。拙い文章ではありますが、どうか肩の力を抜いてテキトーに読んでってください。
アニメを軸に展開していきますが、別趣味もチョロっと入るかもしれません、よしなに。
1.アニメの沼にハマったきっかけ
幼少期から、テレ東系列を始めとした児童向けアニメは人並みに見ておりました。ポケモンやドラえもん、イナズマイレブンにクレヨンしんちゃん…etc。
決定的にアニメに対する意識が強まったのは、放送当時中学生、友人に勧められて「進撃の巨人」、それも“5話”を目の当たりにした時です。
というのも、勧められて「よし、見よう!」と思い立って録画したのがたまたま5話だったんですよ(笑)。視聴した方は分かると思いますが、主人公が○○られたりとかなり衝撃的な回なんですよね。「世の中にはこんなアニメがあるのか…」と、齢十二にしてとにかくいろんな事を痛感させられたものです。
ともかく当時「進撃の巨人」に親もハマりだし、他に面白い深夜帯のアニメはないものか、と番組表をガチャガチャしていたところ、「これ面白そうじゃない?」と親の勧めで一緒の見始めた、丁度進撃の次クールに放送していた「銀の匙」。この二作から、徐々に深夜アニメの沼にハマっていった次第です。
2.感想を書き始めたきっかけ
強いて具体的に作品を挙げるならば、「STEINS;GATE」、「ダンガンロンパシリーズ(ゲーム)」が皮切りですね。
中三の頃にこの二作に触れ、「この作品を好きな人と交流したい!」と思い立ち、始めたSNSが「Google+」。主に高校時代は男臭い青春の傍ら、休日に時たまアニメ映画を見ては、Google+に拙い感想を書き連ねておりました。ちなみにこの時期に触れた作品は、「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!大人帝国」や「イヴの時間」、「AKIRA」に「パーフェクトブルー」などが強く印象に残っています。
しかし2018年末頃に、Google+のサービス終了が決定。さてどうしたものかというところ、SNS内にて「Twitterアカウントを作った」と移動を始める人がチョコチョコ現れ、自分も流れ的にアニメ用Twitterアカウントを作った次第です。
結局経過の説明みたいになっちゃったけど、要点を抜き出すと、感想クラスタ&SNSに興味を持ったきっかけは「サブカルチャー好き同士、意見交流したい」ってこと。
3.主観的なアニメ感想(考察)における意識
ここからが一番喋りたかったこと。
感想を書く・読む上において、「正解はない」ということを大前提においています。だから自分のスタイルで自由に感想を書きたいし、そういう感想を読みたい。もちろん、誤った解釈や誤字は指摘し合える程度の空気感は必要だと思うけど。
簡潔に感じたことを述べる人、考察を主軸とする人、批評が主軸の人、絵的な魅力・演出やキャラクターの心情に寄り添った感想を書く人、社会風刺と物語構造の縦軸関係に視点を置く人…etc。様々な着眼点があるからこそ、作品の色んな側面が可視化され、気づけることが増えていく。SNSなどを通した視聴者交流の場は、こと創作を楽しむ上において欠かせない一要素だと考えます。
日々Twitterのフォロイーさんや目を通したブログ等に触発されて、それが一番のモチベーションになっております。自分の感想は、同じ作品でも各回ごとに全く違うテイストだったり、視点があやふやだったりすることが多いので、一貫した着眼点で感想を書ける方が羨ましかったり。
4.好きなアニメ
挙げだすとキリがないので、パッと思いつく作品を何作か列挙(あまり絞れなかった😢)
- 進撃の巨人
- STEINS;GATE
- 輪るピングドラム
- SSSS.GRIDMAN
- モブサイコ100 Ⅱ
- Angel Beats!
- クレヨンしんちゃん
- イヴの時間
- パーフェクトブルー
- 僕だけがいない街
- ノラガミ
- 魔法少女まどか☆マギカ
- Fate/Zero
- コードギアス
- ピンポン
- 響け!ユーフォニアム
- SHIROBAKO
- 化物語
- ようこそ実力至上主義の教室へ
- メイドインアビス
- 鋼の錬金術師
- デスノート
- Dr. STONE
- Occultic;Nine
- ユリ熊嵐
- 彼方のアストラ
- ヴィンランド・サガ
- ID:INVADED
- ボールルームへようこそ
何作かピックアップして、簡単な雑感をば。
-
進撃の巨人
自分にとって、深夜アニメへの切り口を開いた決定的な作品。初見当時の自分には未知と魅力しかない作品だったなと。
「鳥籠の中(ディストピア)」や、食物連鎖の頂点が塗り替わった世界での捕食関係は、後の作品(約束のネバーランド、東京喰種etc.)に多大な影響を与えたと思う。ここを起点にハードなバトル作風が増えたイメージ。アニメ、漫画史に残る名作ですね。
-
STEINS;GATE
TVアニメ「STEINS;GATE」プロモーションムービーC79この作品も、自分の創作における意識の大半を構築した一作。今までで一番ハマった作品、と聞かれたら今作を挙げますね。
巧みなストーリーテリングにキャラクター毎の機敏な心情の動き、何より厨二臭さすら感じるビジュアルに感銘を受けたものです。「ノベルゲー」という、自分にとっての新たな切り口を開いてくれたのもこの作品。 -
彼方のアストラ
最近の作品からも一つ、ということで。
ここ最近の中で、一番「次回が楽しみ」かつ「皆さんの感想を読むのが楽しい」作品でした。叙述トリックの効いた、本格的なSF作風にはかなり感動したものです。また、「親元に帰ろうとしない子供たち」「放り出される子供たち」という構図は、どこか社会風刺を彷彿とさせるもので印象的だったのをよく覚えています 。
5.おまけ
〇好きなゲーム作品
ストーリー性重視の作品を列挙。
・ニューダンガンロンパ2 ・STEINS;GATE ・CHAOS;CHILD ・沙耶の唄
・Ever17 ・ポケモン不思議のダンジョン 空の探検隊 ・Undertale
〇好きな漫画作品
・銀の匙 ・鋼の錬金術師 ・ぼくらの ・なるたる ・魔人探偵脳噛ネウロ
・FAIRY TAIL ・最終兵器彼女 ・少女不十分 ・暗殺教室 ・デスノート
・おやすみプンプン ・All You Need Is Kill
6.〆
最後となりましたが、このブログはかなり不定期な更新になると思います。140字以上の思いを伝えたいとき、ネタバレ配慮で感想を書きづらい映画やノベルゲームのこと、適当な企画...etc
改めてよろしくお願いします。拙い文章になるとは思いますが、どうかご贔屓にしていただければなと。ではまた次回👋